今はむかし...
私がつくばの研究所に転勤して1年ほど経った5月の気持ちの良い朝のこと…。車出勤の途中、田んぼに挟まれた農道を走っていると1台のヘリコプターが農薬を散布しながら近づいてきました。何となくいやな予感がしたので風を入れるために開けていたウインドウを閉めてしばらくすると、何と!!
ヘリコプターが農薬散布を止めずに道路を横切ったのです!!目の前が真っ白になり、ワイパーでフロントガラスをぬぐいながら、研究所にたどり着いて直ぐに洗車したのは言うまでもありません。その後だいぶたって、このコラムを担当するようになったのもこれが因縁かもしれません。
どっとはらい…
と、いうわけで、今回は農薬の話題の2回目です。
このコラムへの投稿を開始する前に、テネリータスタッフから次のような質問がありました。
Q:いろいろなホームページに書かれている「毎年農薬被害により世界で2万人が亡くなっている」というのは信頼できる情報でしょうか?
当初は、この類のHPにありがちの極端な事例かと思って、なるべく信頼性の高い情報を調べたのですが、それほど不正確な内容ではありません。それどころか(農薬の被害をどのように捉えるかによりますが)もっと大きな数字が出てきました、
WHO(1990)
1)によれば、自殺などの「意図的な」(intentional)農薬中毒は年間200万件、職業上の「非意図的な」(unintentional) 農薬中毒は70万件ですが、Jeyaratnam(1985)
2)記載の推計値を引用して、農薬中毒死亡者数は22万人で「意図的な」死亡者は約91%、「職業上の」死亡者は6%、食品汚染などの「その他の」死亡者は3%とされています。従って、自殺などを除く死亡者は約2万人、そのうち「職業上の」死亡者数は1万3千人で大部分は農業従事者だと思われます。
もう少し新しい情報では、Gunnellら(2007)
3)は、1990~2007年に発表された25件の資料からの推計に補正を加えて、世界中で年間371,594人の農薬による自殺者が発生していると記載しています。全世界の「非意図的な」農薬中毒死亡者数は、その後信頼できるものが見つかりませんが、各国の統計値を見る限り、特に全体的に減少している様子はありません。ただし、先進国では減少傾向が見られ、日本では自他殺を除く農薬死亡事故は過去5年間では毎年数件(0~6人)となっています
4)。
私は、当初、自殺による死亡者数は、農薬被害とは別ものと考えていましたが、自殺の手段としてだけでなく、自殺に至る原因の一部も農薬にあるようです。
農薬中毒被害の大部分は発展途上国で発生しており、農薬自殺の主要な原因の一つに「貧困」があげられます。農薬、特に安全性の高い新しい農薬はコストが高く(Bt作物もコストが高いようです)、零細農家は安いけれど毒性の強い農薬を選んで使用しますが、それでも農業収入を圧迫し、農薬購入の経済的負担に耐え切れず、農薬を使用した自殺を選ぶ、という皮肉な図式が成り立つようです。(このあたりは、様々なレポートの記述を抜粋してまとめているので十分信頼できるデータに基づいておらず、歯切れの悪い点はお赦しください。)
インドの同じぐらいの生産量の小規模な無農薬ワタ栽培農家(NPM)と農薬を使用している農家(non-NPM)の2007年の農業収支を比較すると、NPMはコットン生産量520.2kgに対し総収入は3,512.60ルピー、non-NPMは522.5kgに対し2,861.50ルピーであり、その差額はほぼ農薬コストに相当する、という記事があります
5)。
ただ、NPMは記事本文では”non-pesticide management”と記載されているのに、この数字が書かれているポスター写真の説明には”natural pesticide methods”と表記のブレがあり、NPMの農薬コストはnon-NPMの半分弱の456.00ルピーと記載されています。ちなみに”natural pesticide”「自然農薬」とは、ハーブなどの自然素材から農家が工夫して作り出した農薬で、インドではニームの木から作った「自然農薬」をオーガニックコットン栽培に使っている、というような情報があります。
では、オーガニックコットン製品に切り換えると、どれだけ農薬中毒件数を減らすことができ、どれだけの人命が助かるのでしょうか?残念ながら、全世界のワタ栽培農家だけの統計データは見つかりませんが、状況証拠から、かなりの件数の農薬中毒被害があることは間違いないでしょう。オーガニック農法では、農薬使用時や保管時の事故はありませんし、手近に農薬がないことから自殺の抑制効果もあるでしょう。また、農薬購入による経済負担も低減できるでしょう。コットンにせよ食料品にせよ、意図的であろうとなかろうと、その生産には農薬中毒死という現実が重くのしかかっています。農薬がなければこのような人命被害は「ゼロ」になるわけで、テネリータスタッフも、テネリータ製品を購入されるお客様も、これまでお話した生物多様性のほかにも、コットン生産者の中毒被害低減への影響も想起していただければ幸いです。(車に農薬をかけられることもなくなりますし…。)
話題が重くなったので、JA直販所のお話は次の機会にして、茨城の畑レポートを簡単に:
手間をかけてスギナを除いた甲斐あって、昨シーズンはスギナに負けて縮こまっていたジャガイモがすくすくと育ち、花をつけています。


試しに少しだけ収穫した一口サイズの新ジャガを素揚げにして夕食にしました。無農薬のため、アオムシに食べられてレース状になったキャベツの中から取り出した小さな玉キャベツもこの時期の味わいです。家に持って帰ると取りきれなかったアオムシが這い出すのが玉に瑕ですが、最近は女房も慣れて自分で処分してくれるようになりました。タマネギもソラマメもたっぷり収穫でき、畑で莢ごと焚き火で焼いたソラマメは甘くておいしくて無農薬農園ならではの楽しみです。唯一除草剤を使ったスギナ畑?にはサツマイモの蔓を植えました。秋の焼き芋が待ち通しいです。その他たくさんの作物が育っています。
この次は、暑い時期になりますので地球温暖化と夏野菜の話題の予定です。
(知的財産部 岩崎)
1) World Health Organization, Public health impact of pesticides used in agriculture. (1990) WHO: Geneva.
http://whqlibdoc.who.int/publications/1990/9241561394.pdf2) Jeyaratnam J (1985): Health problems of pesticide usage in the Third World. Br J Ind Med, 42:505-506.
3) Gunnell D, et al. (2007) The global distribution of fatal pesticide self-poisoning: Systematic review. BMC Public Health 2007, 7:357.
http://www.biomedcentral.com/1471-2458/7/3574) 農薬の使用に伴う事故及び被害の発生状況について(平成20年度), 農林水産省
http://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_topics/h20higai_zyokyo.html 5) GRAIN, Saying “No” to chemical farming in India(2008)Seedling, July 2008, 27-29,
http://www.grain.org/seedling_files/seed-08-07-8.pdf
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